〈宇佐美定満〉上条の乱で長尾為景に抗った

為景側の書状(天文4年5月29日付ほか)から、定満が為景方から離反し、天文4年(1535)に上田衆らと上条定憲方に集結、天文5年(1536)の三分一原の戦いで敗れたことが確認できる。「為景を討死寸前まで追い詰めた」との記述も為景側書状に基づく。父の仇への一貫した抵抗であり、直後に為景は隠居した。

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