〈小早川秀秋〉同時代から「卑怯」と非難されていた

興福寺神官の日記『中臣祐範記』(慶長5年9月15日条)は、太閤に取り立てられながら裏切ったのは「比興之所行」で世間の嘲りを受けたと記す。「優柔不断な小人物」像は江戸期軍記の創作だが、裏切りへの非難自体は同時代から存在した——この二つは区別して見る必要がある。

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