〈尼子経久〉毛利元就の離反(1525)

鏡山城攻略で功を挙げた毛利氏は、家督継承への尼子重臣・亀井秀綱の介入などから大内方へ転じた。介入は経久自身の意向が働いていたとの指摘もある。ただし当時の元就は安芸の一国人にすぎず、「経久が元就の器量を見抜けなかった」式の語りは結果論である。

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