〈毛利隆元〉三兄弟の仲は実は良くなかった
隆元は父宛書状(『毛利家文書』第761号ほか)で「元春と隆景は吉田に長居せず自家のことばかり考え、相談も私でなく父上にする。私を見下し除け者にしているようで腹が立つ」と訴えている。この不和への危機感が『三子教訓状』と両川体制構築の背景になったとみる解釈が有力。
隆元は父宛書状(『毛利家文書』第761号ほか)で「元春と隆景は吉田に長居せず自家のことばかり考え、相談も私でなく父上にする。私を見下し除け者にしているようで腹が立つ」と訴えている。この不和への危機感が『三子教訓状』と両川体制構築の背景になったとみる解釈が有力。