〈斎藤義龍〉禅宗の統制をめぐり「別伝の乱」を起こした
永禄3年(1560)末、寵遇した禅僧・別伝への禅宗統括権付与に快川紹喜ら妙心寺派が猛反発し、住持たちが尾張へ集団出奔。義龍は釈明と幕府・朝廷工作で収拾を図る最中に急死した。同時代記録「永禄沙汰」が残る、義龍の宗教政策と統治の実像を知る第一級の事件である。
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