〈明智光秀〉妻の看病と早すぎる死

天正4年(1576)、光秀が陣中で重病となった際、妻(名は記されない)が坂本から見舞い平癒祈願を行ったことが『兼見卿記』に残る。妻がまもなく病没したとみられる記述もあり、「煕子は光秀より先に死んだ」ことの根拠となる、夫婦愛の実像を伝える数少ない同時代史料である。

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