〈駒井政武〉観天望気の達人、武田軍の「気象予報士」だった
「入明僧・策彦周良から観天望気の奥義を授かった」「戸石城攻めで気象を予測した」といった話に同時代史料の裏づけはない。史実の核は『高白斎記』が天候を几帳面に記す記録であることと、策彦周良が武田氏と交流した実在の外交僧であることの2点のみ。気象学者出身の作家・新田次郎の小説的造形などから膨らんだと推測される。「日記に天気を書き続けた実務家」までが史実の範囲。
「入明僧・策彦周良から観天望気の奥義を授かった」「戸石城攻めで気象を予測した」といった話に同時代史料の裏づけはない。史実の核は『高白斎記』が天候を几帳面に記す記録であることと、策彦周良が武田氏と交流した実在の外交僧であることの2点のみ。気象学者出身の作家・新田次郎の小説的造形などから膨らんだと推測される。「日記に天気を書き続けた実務家」までが史実の範囲。