〈戸田勝成〉信長から朱旄を許された「卅六飛将」

戸田武蔵守は信長から朱旄を許され織田家「卅六飛将」の一人に数えられた——典拠は江戸期の『総見公武鑑』(昭和10年の『大武鑑』が紹介)。「卅六飛将」自体が江戸期の後付けの武鑑的創作で、勝成の信長直臣としての活動実態も確認できない(丹羽長秀の部将としての間接的関係のみ)。

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