〈菅沼定盈〉笛の音に誘われた信玄狙撃伝説

落城間近の野田城内から毎夜、笛の名手・村松芳休の笛が流れ、聞き惚れて堀端まで出てきた信玄を、定盈の家臣で鉄砲名手の鳥居三左衛門(鳥居半四郎とも)が狙撃した——という伝説。初出は江戸初期の『松平記』で、以後、地元伝承や軍記類で肥大化した。信玄の死因は『甲陽軍鑑』の病状記述などから病死(肺結核・胃癌など諸説)が主流で、元亀4年以前から持病が悪化していた経過とも病死説が整合的。当サイトの武田信玄ページの判定(病死主流)どおり、狙撃説は地元で愛される俗説寄りの異説である。

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