〈服部半蔵〉服部半蔵は忍者だった

本ページの結論の核心。史料上の正成は槍を持ち甲冑を着て戦場で武功を挙げた「武士」であり、忍術を使ったという同時代史料は一切ない。忍びの出自を持つのは伊賀出身の父・保長(初代半蔵)。三河生まれの正成は伊賀同心の「支配者であって忍術使いではない」。忍者像の初出・形成は江戸中期『伊賀者由緒書』類から近代講談・立川文庫、戦後の映像・ゲームに至る(下記「忍者イメージの成立過程」参照)。

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