〈諏訪頼重〉頼重の祟りが武田を滅ぼした

「神家を滅ぼした因果で、武田は頼重の外孫・勝頼の代に滅んだ」という語りは後世の講談的な俗説。頼重院(諏訪市)の境内には「頼重の怨念が砕いた」と伝わる割石もあるが、これも伝承である。一方、旧臣らが建てたと伝わる供養塔(宝篋印塔・諏訪市文化財)は実在し、供養の歴史自体は古い。

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