〈小山田信茂〉川中島の戦いで先陣を切った
『甲陽軍鑑』は天文16年(1547)の武田・長尾初合戦で「小山田左兵衛」が先陣と記すが、第一次川中島は実際には天文22年(1553)で年代が合わない。この「左兵衛」は兄・弥三郎信有を指すと指摘され(丸島2013)、信茂の川中島武勇譚は兄との混同・年代錯誤の可能性が高い。
『甲陽軍鑑』は天文16年(1547)の武田・長尾初合戦で「小山田左兵衛」が先陣と記すが、第一次川中島は実際には天文22年(1553)で年代が合わない。この「左兵衛」は兄・弥三郎信有を指すと指摘され(丸島2013)、信茂の川中島武勇譚は兄との混同・年代錯誤の可能性が高い。