〈穴山梅雪〉「武田を滅ぼした裏切り者」という評価
小山田信茂と並ぶ「不忠者」像は『甲陽軍鑑』の編集意図と江戸期の主従道徳による後付けである。実証研究は、(1)穴山氏は半独立の国衆で武田との関係は連合に近い、(2)離反は領民・家臣団を守る領主の選択として当時一般的、(3)名跡維持を条件とした点で宗家の記憶の存続を図った、と指摘する。ただし再評価は免罪ではなく文脈化——離反が武田滅亡を早めた事実は動かない。
小山田信茂と並ぶ「不忠者」像は『甲陽軍鑑』の編集意図と江戸期の主従道徳による後付けである。実証研究は、(1)穴山氏は半独立の国衆で武田との関係は連合に近い、(2)離反は領民・家臣団を守る領主の選択として当時一般的、(3)名跡維持を条件とした点で宗家の記憶の存続を図った、と指摘する。ただし再評価は免罪ではなく文脈化——離反が武田滅亡を早めた事実は動かない。