〈相良頼房〉深水長智「死して南敵(島津)を防がん」の遺言

初出は『球磨郡誌』(1941)が採録する伝承。『人吉市史』によれば、長智没後174年の宝暦13年(1763)に家老らが言い出して墓碑を南面させたのが実態で、後世に創作された顕彰譚の典型例である。

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