〈丹羽長秀〉評判歌「米五郎左」

「木綿藤吉、米五郎左、掛かれ柴田に退き佐久間」の初出は江戸中期の随筆『翁草』(神沢杜口)で、同時代史料には見えない。文言は後世の成立と見るべきだが、軍事・行政・普請・調停と何でもこなす万能の重臣だったことは『信長公記』の活動記録が裏付ける。評価の中身自体は実像に合致する。

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