〈三好長慶〉弟の戦死報にも顔色を変えず一句付けた

連歌会の最中に実休戦死の報が届いても動じず「古沼の浅き方より野となりて」と付け、静かに会を終えたという逸話。初出は江戸期の逸話集(『常山紀談』系統)で、場面の細部は脚色の可能性が高い。ただし長慶が宗養・紹巴らと交わる当代一流の連歌人で、飯盛城で三日に及ぶ「飯盛千句」(1561)を興行したことは史実。

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