〈松永久秀〉「平蜘蛛の茶釜もろとも爆死した」
『信長公記』は「天主に火を懸け焼死」と記し、『多聞院日記』『兼見卿記』は自害と記す——爆死の同時代記録はない。伝説の形成は三段階で、(1)江戸初期『川角太閤記』が「釜と首を鉄砲の火薬で砕いた」と記し、(2)幕末の頼山陽『日本外史』が「茶鐺を抱いて焼死」と脚色、(3)戦後の小説・ドラマで「火薬を詰めて爆死」が完成した。「日本史上初の爆死」は史実ではない。
『信長公記』は「天主に火を懸け焼死」と記し、『多聞院日記』『兼見卿記』は自害と記す——爆死の同時代記録はない。伝説の形成は三段階で、(1)江戸初期『川角太閤記』が「釜と首を鉄砲の火薬で砕いた」と記し、(2)幕末の頼山陽『日本外史』が「茶鐺を抱いて焼死」と脚色、(3)戦後の小説・ドラマで「火薬を詰めて爆死」が完成した。「日本史上初の爆死」は史実ではない。