〈教如〉大坂の陣で役割を果たした
教如の示寂は慶長19年(1614)10月5日で、大坂冬の陣開戦の直前。年代的に、教如本人が大坂の陣で何かをしたという逸話は成立の余地がほとんどない。「出陣前の家康との連絡・見舞い」の類は伝記類に見えるが一次史料で確認できない。東本願寺教団は幕府に恭順し、豊臣家と縁の深かった弟・准如の西本願寺も同様だった。
教如の示寂は慶長19年(1614)10月5日で、大坂冬の陣開戦の直前。年代的に、教如本人が大坂の陣で何かをしたという逸話は成立の余地がほとんどない。「出陣前の家康との連絡・見舞い」の類は伝記類に見えるが一次史料で確認できない。東本願寺教団は幕府に恭順し、豊臣家と縁の深かった弟・准如の西本願寺も同様だった。