〈徳川家光〉参勤交代は大名を貧乏にさせる策

寛永12年(1635)の武家諸法度(寛永令)による制度化は史実。だが「経済力を削いで反乱を防ぐための制度」という通俗的説明は誤りで、寛永令自体が「従者の人数が近年甚だ多い、相応に減らせ」と行列の簡素化を命じている。本質は主従関係の確認(軍役の平時版)というのが現在の通説である。

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