〈真田信之〉松代転封は「左遷」で、怒って書類を焼いた

移封を「秀忠の嫌がらせ」とし、信之が検地帳を焼き上田城の植木や燈籠まで持ち去ったとする話は出典不明の俗説。実際は引継書類は後任の仙石氏に引き渡されており、松代は13万石への加増。信之自身が重臣宛書状で「誠に家の面目、残るところなき仕合せ」と光栄の意を記している(平山2016)。一方、小野お通宛の手紙では故郷を離れる心細さも吐露しており、複雑な心境だったことは確かである。

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