〈内藤昌豊〉「信玄から感状を一度も貰わなかった」
初出・唯一の典拠は『甲陽軍鑑』。信玄は「修理亮ほどの弓取りなら常人を抜く働きは当然」と言い、昌秀も「合戦は大将の采配で勝つもの」と意に介さなかったという。感状が現存しないのは事実だが、単に伝来状況の問題かもしれず、「あえて出さなかった」という意図は検証不能。軍鑑が描きたいのは「主従の以心伝心」という江戸期武士道徳の教訓である。最も愛される逸話だが、史実性の保証はない。
初出・唯一の典拠は『甲陽軍鑑』。信玄は「修理亮ほどの弓取りなら常人を抜く働きは当然」と言い、昌秀も「合戦は大将の采配で勝つもの」と意に介さなかったという。感状が現存しないのは事実だが、単に伝来状況の問題かもしれず、「あえて出さなかった」という意図は検証不能。軍鑑が描きたいのは「主従の以心伝心」という江戸期武士道徳の教訓である。最も愛される逸話だが、史実性の保証はない。