〈原虎胤〉信虎追放に猛抗議した
天文10年(1541)の信虎追放時、信濃在陣中から駆け戻り板垣信方・甘利虎泰に抗議したという話は『甲陽軍鑑』系の語りで一次史料の裏付けはない(依存度・高)。ただし信虎に取り立てられた新参で譜代国人衆と立場が違うという構図は自然で、背景説明としては合理的。追放後も武田家臣であり続けたことは従軍記録から確実。
天文10年(1541)の信虎追放時、信濃在陣中から駆け戻り板垣信方・甘利虎泰に抗議したという話は『甲陽軍鑑』系の語りで一次史料の裏付けはない(依存度・高)。ただし信虎に取り立てられた新参で譜代国人衆と立場が違うという構図は自然で、背景説明としては合理的。追放後も武田家臣であり続けたことは従軍記録から確実。