〈高橋紹運〉島津忠長、涙の首実検
落城後、総大将・島津忠長が床几を降りて正座し「われらは類まれなる名将を殺してしまった。友になれたら最高の友となれただろう」と涙した——『大友興廃記』など大友側・後世の編纂物に見える話で、島津側の同時代史料には確認できない。ただし島津側の記録にも攻城の難航と城方の奮戦への評価はにじみ、「敵に惜しまれた」という核まで全否定はできない。
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