〈立花宗茂〉秀吉が「東西無双」と称賛した
「東の本多忠勝、西の立花宗茂」を秀吉の言葉として記す同時代史料はない。立花家史料館の整理では「西国無双」の初出は明治2年(1869)『名将言行録』と推測され、先行する『明良洪範』(18世紀前半)の記事も内容が異なる。武勇への高い評価自体は豊臣期から実在した(柳川13万石への抜擢が傍証)。
「東の本多忠勝、西の立花宗茂」を秀吉の言葉として記す同時代史料はない。立花家史料館の整理では「西国無双」の初出は明治2年(1869)『名将言行録』と推測され、先行する『明良洪範』(18世紀前半)の記事も内容が異なる。武勇への高い評価自体は豊臣期から実在した(柳川13万石への抜擢が傍証)。