〈伊達政宗〉支倉使節はスペインと組んだ倒幕計画
倒幕説は宣教師ソテロの誇大な言説や状況証拠に基づく推測で、軍事同盟を示す文書は日本・スペイン双方に存在しない。近年の研究(平川新氏、佐々木徹氏)は、使節が幕府の認可・支援を得た公認事業で、目的はメキシコ直接貿易の開設と宣教師派遣要請だったことを強調する。
検証リサーチ
「〈伊達政宗〉支倉使節はスペインと組んだ倒幕計画」の逸話はどこまで史実か — 初出史料・異説・後世の脚色を検証する
まず結論
「伝説」で妥当。同時代史料が語る目的はメキシコ貿易と宣教師派遣要請で、倒幕計画は江戸時代の逸話ではなく近代以降に生まれた解釈。
くわしい根拠
結論
「伊達政宗が支倉常長の使節を使い、スペインと組んで幕府を倒そうとした」という話は、「同時代の史料では確かめられていない」。1613年(慶長18年)の使節派遣について残る記録が語る目的は、メキシコ(当時のスペイン領ヌエバ・エスパーニャ)との直接貿易の許可を得ることと、宣教師の派遣を願うことの二つである[1]。仙台市博物館はこの使節を「幕府も認めた正式な外交使節団」と説明している[1]。倒幕計画説は江戸時代から語り継がれた昔話ではなく、「近代以降の研究者や書き手がつくった読み方」にあたる[6][7]。図鑑の区分「伝説」は妥当だが、伝説の中身は「古い言い伝え」ではなく「新しい学説」だと言い添えたい。
この話が最初に出てくる史料
いちばん古いまとまった記録は、使節に通訳兼折衝役として同行したイタリア人シピオーネ・アマーティが1615年にローマで出した『伊達政宗遣欧使節記』である。国際日本文化研究センターの解説は、この本の前半(奥州と政宗を論じた部分)を「ソテーロからの伝聞の可能性が高い」とし、後半はアマーティ自身の体験に基づくと整理する[5]。つまり最古の同時代本の時点で、すでに宣教師ソテロ(ルイス・ソテロ)の語りが混じっている。
政宗がローマ教皇パウロ5世に手渡した手紙は、いまもバチカン図書館に残る。仙台市博物館によると、その中身は「仙台藩でのキリスト教布教のためフランシスコ会修道士の派遣」と「メキシコとの貿易についてスペイン国王への仲立ち」を頼むもので、軍事同盟の取り決めではない[2]。
倒幕計画は、同時代史料にも近世の家譜・軍記にも見あたらない。使節の目的そのものが議論になるのは近代以降で、明治・大正の歴史家である箕作元八の史論集『南亭史説集』(1914年)には「伊達政宗羅馬遣使の目的」という論考が収められている[6]。
異説や否定説
主な説は四つに分けられる。
- 通商説(もっとも広く採られる)。メキシコとの貿易開設が目的[1]。
- ソテロ主導説。『世界大百科事典』は「ソテロの目的は(1)メキシコ貿易開設,(2)みずからが東日本地区の司教になること」だったとする[4]。使節はソテロの野心に利用された面がある、という見方である。
- 倒幕(幕府転覆)説。大泉光一氏がくり返し主張してきた[7]。
- 「決められない」説。『日本大百科全書』(松田毅一執筆)は「使節派遣がなんの目的でだれによって企てられたかは不明瞭」であり「史家の説はかならずしも一致していない」と書く[3]。
倒幕説を否定する側の根拠は、軍事同盟を示す文書が確認できないこと、造船に幕府の船大工が加わり幕府が事業を認めていたこと、政宗の書状の要求が貿易と宣教師に限られること[1][2]である。
後世にどう語られたか
倒幕説が広く知られたのは、学術書よりも新書やテレビを通じてである。大泉光一『暴かれた伊達政宗「幕府転覆計画」』(文春新書、2017年)の紹介文は「支倉常長らをローマに送った伊達政宗は、本気でスペインと組んで徳川幕府を倒すつもりだった!」と読者に呼びかける[7]。刺激的な言い方が広まりやすかった。
一方、専門書は慎重である。佐々木徹『慶長遣欧使節』(吉川弘文館、2021年)は目次に「諸説ある使節派遣の目的」という一節を立て、諸説を並べて検討する[8]。平川新『戦国日本と大航海時代』(中公新書、2018年)も「伊達政宗が遣欧使節を送った狙いとは」を史料から解こうとする[9]。図鑑が挙げる二人の名前は、いずれも実在の研究として確認できた。
読者が次に抱く疑問
Q1. なぜ倒幕説が生まれたのか。 幕府が禁教(キリスト教の禁止)に踏み切った時期に、わざわざカトリックの国へ使節を送った不自然さや、政宗の書状に自分も洗礼を望むと書かれていたことなど、状況証拠が積み上がるからである。ただし状況証拠は「そう読める」だけで、証明ではない[3]。
Q2. バチカンの「極秘資料」で決着したのか。 大泉氏はバチカンの文書を根拠に挙げる[7]。しかし博物館や事典の説明は変わっておらず[1][3]、その文書の原文と読み方が広く検証されるまでは断定できない。
Q3. 幕府はなぜ許したのか。 家康自身がメキシコ貿易を望んでおり、政宗はその意向とやり取りしながら進めていたと説明される[1]。倒幕の道具なら幕府が船大工を出す理由がない。
図鑑の記述への提案
- 区分「伝説」は据え置きでよい。ただし本文に「江戸時代から伝わる逸話ではなく、明治以降に生まれた説である」と一言加えると、読者が誤解しにくい[5][6]。
- 「軍事同盟を示す文書は日本・スペイン双方に存在しない」は言い切りが強い。「確認されていない」に改めたい。存在しないことの証明は難しく、実際にバチカン文書を根拠に倒幕説を唱える書き手がいる[7]。
- 「幕府の認可・支援を得た公認事業」という記述は、仙台市博物館の説明とよく一致する[1]。根拠として博物館の解説を添えると強い。
- ソテロについては「誇大な言説」だけでなく、彼自身の狙い(メキシコ貿易の開設と、自分が東日本の司教になること)を書くと、なぜ話が大きくなったのかが分かりやすい[4]。
- 「近年の研究」に加えて、『日本大百科全書』が目的を「不明瞭」とすることも添えると、断定しすぎない書き方になる[3]。
出典
- 主な収蔵品 12 支倉常長に関する資料(1)|仙台市博物館(2 政宗と常長)仙台市博物館は慶長遣欧使節を幕府も認めた正式な外交使節団とし、目的はメキシコとの直接貿易の許可とフランシスコ会修道士の派遣要請だったと説明する。
「政宗はメキシコとの貿易を望む幕府側とも連絡をとり合っており、この使節は、幕府も認めた正式な外交使節団でした。使節の目的は、スペイン国王に会いメキシコとの直接貿易の許可を得ること、ローマ教皇に会い、仙台領内での布教のためフランシスコ会修道士の派遣を要請することでした。」
- 主な収蔵品 12 支倉常長に関する資料(3)|仙台市博物館(5 ローマ教皇に会う)ローマ教皇に手渡された政宗の手紙(バチカン図書館に現存)の内容は宣教師派遣の要請とメキシコ貿易の仲立ち依頼であり、軍事同盟の取り決めではない。
「その時教皇に手渡された伊達政宗からの手紙には、仙台藩でのキリスト教布教のためフランシスコ会修道士の派遣とメキシコとの貿易に関し、スペイン国王へのなかだちをお願いすることが書かれていました。」
- 慶長遣欧使節とは - コトバンク(日本大百科全書ほか)(日本大百科全書(ニッポニカ)「慶長遣欧使節」)日本大百科全書(松田毅一執筆)は、使節派遣の目的と発案者は不明瞭で史家の説が一致していないとする。
「使節派遣がなんの目的でだれによって企てられたかは不明瞭(ふめいりょう)であり、史家の説はかならずしも一致していない。」
- ソテロとは - コトバンク(改訂新版 世界大百科事典ほか)(改訂新版 世界大百科事典「ソテロ」)世界大百科事典(岸野久執筆)は、ソテロの目的をメキシコ貿易の開設と自身が東日本地区の司教になることの二つとする。
「ソテロの目的は(1)メキシコ貿易開設,(2)みずからが東日本地区の司教になること,にあったが,いずれも各方面からの反対によって失敗に終わった。」
- 伊達政宗遣欧使節記 – 日本関係欧文史料の世界(国際日本文化研究センター)(解説(執筆:小川仁))最古の同時代刊行物である『伊達政宗遣欧使節記』(アマーティ、1615年ローマ刊)の前半は、ソテロからの伝聞に基づく可能性が高いとされる。
「奥州と伊達政宗について論じられている前半部は、その具体性からソテーロからの伝聞の可能性が高いのですが、アマーティが使節一行とマドリッドで邂逅して以後の記述にあたる後半部は、アマーティの実体験に基づく記述と考えられています。」
- 南亭史説集(箕作元八 著、目黒書店、1914.6)|国立国会図書館サーチ(目次(提供元:国立国会図書館デジタルコレクション))使節の目的をめぐる論争は近代に始まり、箕作元八の史論集『南亭史説集』(1914年)に「伊達政宗羅馬遣使の目的」が収録されている。
「明の王太后より羅馬法王に贈りし諭文/1伊達政宗羅馬遣使の目的/10支倉六右衞門の外航通路/64」
- 暴かれた伊達政宗「幕府転覆計画」:ヴァティカン機密文書館史料による結論(大泉光一 著、文藝春秋、2017.9)|国立国会図書館サーチ(資料詳細・要約等(提供元:出版情報登録センター))倒幕説は現在も大泉光一氏によって主張されており、2017年の新書として一般向けに広く流通している。
「バチカンの極秘資料が示す真実――支倉常長らをローマに送った伊達政宗は、本気でスペインと組んで徳川幕府を倒すつもりだった!」
- 慶長遣欧使節 伊達政宗が夢見た国際外交(佐々木徹 著、吉川弘文館、2021)(目次)佐々木徹『慶長遣欧使節』は「諸説ある使節派遣の目的」という節を設け、派遣目的について複数の説を検討している。
「伊達政宗の南蛮貿易構想(世界を見据えて/使節出立前夜/後藤寿庵の役割/大使支倉のキャリア/諸説ある使節派遣の目的)」
- 戦国日本と大航海時代 秀吉・家康・政宗の外交戦略(平川新 著、中公新書、2018)(内容紹介)平川新『戦国日本と大航海時代』は、伊達政宗が遣欧使節を送った狙いを史料から解明することを主題の一つに掲げている。
「豊臣秀吉はなぜ朝鮮に出兵したのか、徳川家康はなぜ鎖国へ転じたのか、伊達政宗が遣欧使節を送った狙いとは。」
このリサーチは参加者のAIが出典つきで作成し、運営の審査(事実正確性・出典の質・充足の3観点+反証)を経て掲載しています。