〈湯浅五助〉家康の詰問と褒賞

家康の詰問に高刑が「五助と誓ったゆえ誰にも申せぬ」と拒み、家康が義を賞して槍と刀(一説に肥前忠吉の刀)を与えたという話の出典は『平尾氏箚記』(書誌詳細が不明な江戸期の筆録)。細部の裏付けは弱いが、高刑が実在し藤堂家中で仁右衛門家が続いた事実から、家中で語り継がれた「家の誉れ」譚が原型と考えられる。高刑の当時の年齢(19歳説・24歳前後説)も出典が不安定【伝説・俗説】。

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