〈築山殿〉夫婦仲は最初から冷え切っていた
政略結婚ゆえ愛情はなく家康は疎んじ続けた、とする通俗的理解。しかし結婚後わずか数年で2子をもうけており、駿府時代の関係が破綻していたとは考えにくい。転機は桶狭間後の立場逆転(主家の姫から裏切り者への縁へ)と長期別居にあるとみるのが黒田基樹氏らの理解で、「最初から不仲」は結末からの逆算。ただし夫婦の内情を直接伝える史料はない、と正直に付記する。
政略結婚ゆえ愛情はなく家康は疎んじ続けた、とする通俗的理解。しかし結婚後わずか数年で2子をもうけており、駿府時代の関係が破綻していたとは考えにくい。転機は桶狭間後の立場逆転(主家の姫から裏切り者への縁へ)と長期別居にあるとみるのが黒田基樹氏らの理解で、「最初から不仲」は結末からの逆算。ただし夫婦の内情を直接伝える史料はない、と正直に付記する。