〈築山殿〉本名は「瀬名」だった

「瀬名」「瀬名姫」は同時代史料・江戸初期史料に見えず、江戸中期『武徳編年集成』(1740)の「関口氏、また瀬名とも称す」が早い例。父の実家である今川一門・瀬名氏に由来する家名的呼称であり、実名(諱)は伝わっていない。戦国女性の実名が残らないのは通例で、「瀬名」は実名でなく「後世の呼称・通称」として扱うのが正確。

関連

〈築山殿〉本名は「瀬名」だった | デジタル城下町 お城図鑑