〈築山殿〉武田勝頼への内通(内通状・乗っ取りの企て)

減敬仲介・内通状・徳川家乗っ取り計画という具体的筋書きは『松平記』『岡崎東泉記』に原型があり『改正三河後風土記』で詳細化された後世軍記由来。同時代史料に内通状はなく、桑田忠親以来その不在が指摘されてきた。一方、大岡弥四郎事件(1575)が示す通り岡崎方と武田の接触はあり得た情勢で、「内通の風聞・容疑が事件の口実ないし一因になった可能性」までは否定しきれない(平山優氏ほか)。判定は「具体的筋書きは軍記由来・容疑の存在は諸説」。

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