〈阿茶局〉秀忠・忠吉の養母となった

天正17年(1589年)の西郷局没後に養育を引き受けたとするのは『以貴小伝』等に基づく通説で、同時代史料の直接の裏付けは乏しい。ただし長男神尾守世の秀忠近侍、家康没後の破格の礼遇、母代起用など、秀忠との強い結びつきを示す傍証は多く、養育者の関係を想定するのが自然とされる。

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