〈青山忠成〉墓所は南青山の梅窓院
梅窓院は寛永20年(1643)、四男・幸成の逝去に際し青山家下屋敷内に建立された浄土宗寺院で、幸成系青山家12代の墓所であることは確実。だが忠成本人の墓については梅窓院のほか高野山奥之院の供養塔、三河岡崎(大樹寺周辺)などの説があり、確定的な史料は確認されていない。本サイトでは「青山家菩提寺・墓所と伝わる」と記す。
梅窓院は寛永20年(1643)、四男・幸成の逝去に際し青山家下屋敷内に建立された浄土宗寺院で、幸成系青山家12代の墓所であることは確実。だが忠成本人の墓については梅窓院のほか高野山奥之院の供養塔、三河岡崎(大樹寺周辺)などの説があり、確定的な史料は確認されていない。本サイトでは「青山家菩提寺・墓所と伝わる」と記す。