〈石川家成〉掛川城主として武田信玄・勝頼の最前線を守り抜いた

家成が1569年から掛川城主(康通と親子で在城)として遠江防衛の要を担ったことは史実。信玄の遠江侵攻(1572、三方ヶ原の戦い)や高天神城攻防(1574・1581)の間も掛川城は落城せず、高天神城奪還戦では後方支援の役割を果たした。ただし個々の戦闘での家成自身の具体的な戦働きを伝える一次史料は乏しい。

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