〈奥平信昌〉亀姫婚姻は信長の発案だった
『三河物語』等は、奥平氏調略に際し家康が信長に相談し「長女亀姫を貞昌に与えるべし」と助言されたと伝える。婚姻自体は史実(天正4年・1576)だが、近年は奥三河の要衝を繋ぎ止める家康自身の戦略的判断であり、信長の助言は後押し程度とみる見方が有力(渡邊大門氏ほか)。
『三河物語』等は、奥平氏調略に際し家康が信長に相談し「長女亀姫を貞昌に与えるべし」と助言されたと伝える。婚姻自体は史実(天正4年・1576)だが、近年は奥三河の要衝を繋ぎ止める家康自身の戦略的判断であり、信長の助言は後押し程度とみる見方が有力(渡邊大門氏ほか)。