〈成瀬正成〉家康への起請文を拒否した
附家老就任時、家康が「義直が謀反を企てたら知らせよ」と起請文を書かせようとすると、「わが主君は義直様ただ一人。義直様が謀反を起こされたら家来として自分もお供する」と拒んだという。初出は約100年後の『葉隠』(享保元年(1716年)頃成立)で、事実の記録というより「二心なき奉公」の理想を語る武士道説話。ただし二重身分を生きた正成の立場の機微をよく突いている。
附家老就任時、家康が「義直が謀反を企てたら知らせよ」と起請文を書かせようとすると、「わが主君は義直様ただ一人。義直様が謀反を起こされたら家来として自分もお供する」と拒んだという。初出は約100年後の『葉隠』(享保元年(1716年)頃成立)で、事実の記録というより「二心なき奉公」の理想を語る武士道説話。ただし二重身分を生きた正成の立場の機微をよく突いている。