〈大久保忠隣〉井伊直孝の赦免嘆願を自ら断った

家康没後、「今赦されれば、大御所様の御沙汰が誤りだったことになり、かえって不忠」として嘆願を辞退したという。初出は『藩翰譜』など江戸期の編纂物・家伝系統。発言の逐語は伝承だが、忠隣が家康没後12年生きながら赦免運動をした形跡がないことは事実で、逸話と行動が整合する。「忠義の人」像の核となる話。

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