〈松平信康〉【最大の論点1】信長が切腹を命じた(通説)

五徳が罪状十二ヶ条を訴え、使者・酒井忠次が弁明せず、信長が切腹を命じた——という筋書きは『松平記』『三河物語』(江戸初期)由来。だが訴状の原文は現存せず、同時代史料に「信長が命じた」記述はない。『当代記』ですら信長の返答は「家康の存分(思いどおり)に任せる」と記す。徳川政権下で「家康が自分の意思で妻子を殺した」とは書きにくく、責任を信長に転嫁した曲筆とみるのが近年の主流的理解。

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