〈結城秀康〉越前入封後「松平」に復姓した

通説は越前入封後「松平秀康」を称したとするが、根拠は「越前松平家系図」等が慶長9年(1604)復姓と記すのみで、一次史料は未発見。黒田基樹氏は「『結城少将』の結城は在所名」「家康の実子が松平を称するのは考え難い」とし、市村高男氏は養父晴朝の手前、復姓を果たせなかったとする。名字ひとつにも秀康の立場の複雑さがにじむ。

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