〈榊原康政〉三方ヶ原の敗戦後、鬨の声で武田軍を脅かした
大敗後、浜松城に入れなかった兵をまとめて夜を待ち、一斉に鬨の声を上げて武田勢を動揺させてから帰城したという胆力の逸話。家譜・編纂物系の伝で、同夜の「犀ヶ崖の夜襲」(大久保忠世らの功として伝わる伝承)と混線して語られることがある。細部は伝承と見るべきである。
大敗後、浜松城に入れなかった兵をまとめて夜を待ち、一斉に鬨の声を上げて武田勢を動揺させてから帰城したという胆力の逸話。家譜・編纂物系の伝で、同夜の「犀ヶ崖の夜襲」(大久保忠世らの功として伝わる伝承)と混線して語られることがある。細部は伝承と見るべきである。