〈河尻秀隆〉黒母衣衆の筆頭だった

母衣衆選抜は『信長公記』に記され、黒母衣衆であったことは確実。「筆頭」は『寛政重修諸家譜』など江戸期系譜類の位置づけで、一次史料に明文規定はない。母衣衆出身者中で最大の出世(甲斐22万石)を遂げたことから筆頭格と呼ばれてきた。

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