〈滝川益重〉益重=滝川儀太夫=滝川益氏は同一人物
通称「儀太夫」の共有から同一人物説がウェブ上を中心に流布するが、『織田信長家臣人名辞典』は両者を別項で立てる。決定的なのは天正11年の配置で、諸記録は「峯城に益重、亀山城に佐治新介(益氏比定説あり)」と両者を別の城に置く。同一人物なら二城に同時に入れない。一方で諱の異伝や通称の共有があり、後世の系譜・軍記が両者を混同したのはほぼ確実。「別人が通説的だが完全には分離できない」が誠実な結論である。
通称「儀太夫」の共有から同一人物説がウェブ上を中心に流布するが、『織田信長家臣人名辞典』は両者を別項で立てる。決定的なのは天正11年の配置で、諸記録は「峯城に益重、亀山城に佐治新介(益氏比定説あり)」と両者を別の城に置く。同一人物なら二城に同時に入れない。一方で諱の異伝や通称の共有があり、後世の系譜・軍記が両者を混同したのはほぼ確実。「別人が通説的だが完全には分離できない」が誠実な結論である。