〈鈴木重秀〉信長の雑賀攻めを撃退した

天正5年(1577)の雑賀攻めで、雑賀勢が川底の逆茂木と狙撃で織田方に損害を与えたことは『信長公記』にある。だが結末は3月15日の7名連署の誓紙による降伏であり、ゲーム等の「完全撃退の勝利」は誇張。もっとも降伏は形式的で直後から本願寺支援を再開しており、「信長は雑賀を屈服させきれなかった」という評価は成り立つ。

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