〈大井貞隆〉村上義清との関係

文明16年の宗家没落以降、旧大井領は村上氏の影響下にあり、長窪大井氏も与力的立場にあったとみられるが、貞隆と義清の直接の関係を示す史料はない。長窪城の武田領化は対村上前線の成立を意味し、天文17年(1548)の上田原の戦いにつながる。根拠:『妙法寺記』、上田原の戦い関係の概説。

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