〈板垣信方〉小田井原の大勝と志賀城の惨劇

天文16年(1547)、信方・甘利らの別動隊が関東管領軍を小田井原で撃破したことは『高白斎記』等で確認できる史実。「敵将14、5人・兵3000討取」の数字や首を城前に並べた描写は軍記的で信頼性が低いが、落城後に城兵が処刑され婦女子が売買されたことは同時代史料が伝える。

関連

〈板垣信方〉小田井原の大勝と志賀城の惨劇 | デジタル城下町 お城図鑑