〈小田政治〉「小田氏中興の祖」は本当か
内訌収拾・公方外交・多方面作戦・北関東介入という実績は編纂物と文書の双方から裏づき、評価として妥当性が高い。ただし1524・1537・1546年と負け戦も多く、「常勝の名君」像は後世の美化。近年の研究は「勝敗を繰り返しつつ勢力圏を最大化した現実主義者」として描く。
内訌収拾・公方外交・多方面作戦・北関東介入という実績は編纂物と文書の双方から裏づき、評価として妥当性が高い。ただし1524・1537・1546年と負け戦も多く、「常勝の名君」像は後世の美化。近年の研究は「勝敗を繰り返しつつ勢力圏を最大化した現実主義者」として描く。