〈相良頼房〉晩年、大垣城で殺した諸将と石田三成の供養を命じた

寛永9年(1632)、犬童頼兄に命じて追善供養を行わせ、願成寺に三成らの供養墓が現存する。晩年の悔恨とする解釈は魅力的だが、心情の史料的裏付けはなく、幕府に憚りながらの供養という点も含め動機の解釈は分かれる。

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