〈甲斐宗運〉内通した息子3人を粛清、嫡男の暗殺未遂も許した

他家への内通が露見した次男・親正、三男・宣成を誅殺し、四男・直武は日向へ追放。恐怖した嫡男・親英の暗殺未遂も起請文を書かせて許した——という一連の粛清譚は軍記系史料(『甲斐党戦記』が依拠する伝承群、『木倉村中心誌』所収記事など)に見えるが、同時代文書での裏付けは薄い。離反者への厳しい処断自体は確度が高いが、「一度に実子4人を処断」の劇的構図には誇張の留保が要る。

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