〈斯波詮直〉名門凋落の構図——なぜ「御所」は滅びたのか

(1)家格を保障した足利将軍家が1573年に追われ「御所」の看板が実効性を失った(史実・背景)。(2)御所の格式と郡主程度の実力の乖離。(3)政略婚で受け入れた婿養子が最大の敵に転じた。(4)雫石・猪去の一族が先に潰され、在地領主が調略で切り崩された。(5)信直が秀吉に接近する中、斯波氏は中央との結びつきを持てなかった(史実・背景)。個人の資質だけでなく、旧秩序の権威で立つ家が実力主義に飲み込まれる構図として描くのが研究的にも妥当。初出:室野秀文講演(2021)ほか総合。

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