〈斯波詮直〉義弟・高田吉兵衛(中野康実)の出奔

九戸氏出身の婿養子が詮直との確執から1586年に南部へ出奔し、旧主家の調略と高水寺城攻めの先鋒を務めた。恩賞として郡山城代・3500石を得たことは南部藩側記録で具体的に語られ、子孫の中野氏が南部藩家老の家柄として実在するため大枠の信頼性は高い。ただし確執の具体的中身は伝わらない。初出:『鹿妻穴堰開発史』(1971)所収の所伝。

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