〈戸沢政盛〉家臣団が東光坊を斬殺して政盛を「奪還」した

断絶の危機に陥った家臣団が養父・東光坊を斬り、政盛を奪い取って大坂で秀吉に謁見させたという劇的な家伝(『戦国人名事典』『新庄藩』)。1592年に政盛が家督を継ぎ豊臣政権に大名として認められたことは確実で、光盛正室・大森御前が養母として上坂に付き添った具体的記述もある。「幼少の庶子を急遽擁立した」核心は信頼できるが、「斬殺」の細部に一次史料の裏付けはない。

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