〈芦名盛氏〉輝宗の次男・小次郎を養子に迎える約束

盛氏晩年、伊達輝宗が次男(のちの伊達小次郎)を盛氏の養子に出す約束を交わしていたことは、年未詳の輝宗書状(青山文書『福島県史7』所収)で確認できる。ただし年代比定(天正2年以前、小林清治説)を含め細部は諸説。この約束は盛氏死後の蘆名家督問題で伊達・佐竹対立の火種となり、政宗の会津侵攻の一因となった。

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